やべは意識が高くなりたい

意識は高く、更新頻度とクオリティと知能は低く

ラーメン屋の厄介客になった

どうも、やべです。

 

今のマンションに引っ越してきて2年が経った。

 

昼によく行くラーメン屋があり、最低でも1、2週間に1回は必ず行っていると思う。

当初は客も少なくいつでも入店できていたのだが、何があったのか最近ではある程度並ぶ様になってきており、諦める機会も増えてきたと思う。

 

その店にはおそらく歳の近い女性の店員がいる。短髪で溌剌とした人だ。

私は店を開拓してある程度は満遍なくメニューを注文した後は、気に入ったメニューのみを注文する質でこのラーメン屋でも決まった注文していなかった。

 

ある程度の時期から、彼女は私の注文するメニューを覚えていた様で、オペレーションがスムーズになってきていた。注文を終えた後のセルフで取る付け合わせへの案何が「いつもの感じで!」になっていったりしていた。

 

先月だったと思う。いつもより忙しいタイミングで私が入店し注文をすると、その彼女は私の注文を途中で遮って言いたかった注文を全て自分で言って帰ってしまった。内容に間違いはなかったのだが、なんとも言えないモヤモヤ感が残ってしまい、そこから今日までの1ヶ月、その店に行くことをやめた。

 

今日、他に行く店がなかったので1ヶ月ぶりにそのラーメン屋に行った。

いつもの女性店員もいた。

 

なんとなく、当てつけのように私はいつもと全く違う注文を他の店員にしてみる。

 

注文したメニューは女性店員が持ってきた。

「注文は以上で間違いないですか?」

「はーい。」

 

普段注文しない煮卵ラーメンを2、3分で食べ終えレジに向かうと計算もその女性がしてきた。

「今日は牛すじ丼頼みませんでしたね。」

「…ああ、急いでいたので。」

目を合わせずそう返し店を出た。

 

なんだかみっともなくなった。

今度はちゃんと牛すじ丼も頼もう。

 

自分が厄介客に片足を突っ込んでいるのを感じた昼だった。

10年前好きだったボカロPがそのままだった

どうも、やべです

 

この前フォロワーがずいぶん古いボカロ曲を聴いていて、懐かしい気持ちになり在宅勤務をしながらそのボカロPの曲をBGMにしつつ仕事をしていた。

 

そしてどういう引き合わせか分からないが、今日そのボカロPが久方ぶりに生配信をしていた。

 

最後に彼の配信を見たのは10年近く前な気がする。

 

彼は当時のままで、記憶が正しければ住まいは変わっていたが、部屋の荒れ様だったり立ち振る舞いはそのままだった。

 

飲んでいる酒やタバコも同じだったと思う。

プライベートブランドのとても飲めたものじゃないような缶酎ハイを飲んでいた。

 

今でも10年前と同じで髪は自分で包丁を使って切っているそうだ。

 

10年の間に統合失調症パニック障害を患っていたらしい。

 

今はアルコール中毒になっているそうで配信中も呂律が回っていなかった。

 

彼の作った曲で救われた人は1万人はいると思う。

 

けれどもその曲を作った救世主の彼は10年前と変わらず狭い部屋でゴミ袋に囲まれながら虚な目をして安酒を飲み、虚な目でタバコを吸っている。

 

彼の曲を救いに学生生活を乗り切った人のほとんどがきっと彼よりもいい生活を送っている。

 

けれども彼ほど多くの人の心を揺さぶったり掬い上げたりは断じてしていないと思う。

 

私は「あなたの曲が10年以上前から好きです」とだけメッセージを送った。

 

彼はとても喜んでくれた。

 

たぶん、10年前よりも優しい声で両手を挙げながら喜んでくれていた。

 

僕はタブを閉じた。

転職に成功して1年

どうも、やべです。

転職して1年が経ちました。

 

転職してからどう変わったかを、どう思ったかを書いていこうと思う。

 

前職は新卒で入社した会社だった。

 

私はITエンジニアをしていて、学生時代も高専でそういった分野の勉強をしていた。

 

が、不真面目な私は1年生の時に留年した(その年は1年で50人中10人が学校から消えていったのでそんなにレアケースなわけではない)がそのせいで同じ年の人より1年遅れての就職になった。

 

別に前職のことを最初から絶望していたわけではなく、入社するまでの間はその業務内容はこれから伸びる革新的な分野だと思っていたし、それ自体は間違っていなかったと今でも思う。しかし、入社してみれば思っていた業務以外の部分に時間を逼迫され本業は疎かになり、しかもIT業務自体が社内で嫌われ者で冷たくあしらわれることもあった。

 

そんな中でも業務にはそれなりに真剣に向き合っていたと思うし、そこで偶然割り当てられた業務が非常にニッチな分野で苦労はしたものの他の人に比べれば熱意を持って学習したのも相まって詳しくなっていった。

 

けれども、自分の仕事は自分の部署以外の人からは歓迎されず、自分の部署でもスケジュール管理のようなものはされていなかったので変に知識がある分重宝されメインの仕事はできずに定時の間は会議で埋まっていた。もちろんメインの業務は定時で働ける想定で降ってくるのでそれをこなすためには残業をしなくてはいけないし、残業にも限度があるため勤怠をつけずに朝の6時から始業時刻までメイン業務をし、そこから会議詰めになっては定時後に残りの仕事をするといった生活をしていた。新卒2年目の話である。

 

しかし、新卒で入社した企業で給料は望めない。基本給は総支給で17万程度だった。人為に目をつけられないように月の残業時間は30時間がほぼ限界で、そこに退職金をもらわずに月の給料に上乗せするという制度をつかってなんとか手取り18万だった。

 

最終的な年収は280万くらいだったと思う。

 

まわりの同級生や、留年した先のメンバーと比較しても決して平均以上とは言えない待遇だったし、やりたい仕事ができるわけでもない。

 

転職しようと思った。

 

自分のやってきた経歴を転職サイトに打ち込み、2週間もするとスカウトが10社ほど来て、その中には誰もが名前を知る企業もいくつかあった。

 

その後何社か面接を受け、採用を貰い、今の会社に転職した。その時点でみなし残業込みではあるが当時の年収の1.8倍もあった。転職までに何度も引き止めにもあったし、年収交渉もしたが、前職の人事が出した結論としては「給料アップ、しかも20時間残業すれば転職先と同じ給料になる。」だった。

 

そして私は転職した。

 

メインの業務内容は今までと変わらない。無駄な会議はなくなってコソコソ残業しながらどうにかこうにか仕事をこなす必要も無くなった。今でも現職の他の人たちについて行くのに必死で自分の知識のなさに打ちのめされる毎日ではあるものの、ニッチな分野を前職で力を入れてやっていたこともありその部分で評価をいただいている。

 

転職してからも試用期間が終わってから昇給の評価を何度かいただいた。自分でも勿体無いと思う。それに見合った仕事なんてできていないと常々思う。

 

結果的に年収は1年で2倍以上になった。

 

業務内容が転職する前と比べて激務になったわけでもない。過分な評価をいただいているが、それでも突然管理職になったわけでもなく現場職だ。

 

今の会社の下限が高いからだ。

 

給与は自分の持っているスキルと働きぶりで変わるわけじゃない。会社で変わるんだと思った。同じ仕事でも支払ってくれる報酬や給与体系は企業によって変わってくる。

 

本当に今の職場には感謝しかない。自分を拾ってくれてありがとう。

 

乱◯パーティーに行ったら勃たなかった男の話

突然の性癖語りと自分語りになってしまうが、自分は中学時代に彼女を寝取られたことがあった。今でこそ「脳が破壊される」なんていう常套句があるが当時はそんなものはなく、けれども確実に脳にダメージが行き、心身に異常をきたしズタボロになっていた私が行き着いた先は寝取りのようなもので、恋人がいる女性と肉体関係を持つことで自分が加害者の側に立ってやっとその呪縛から解き放たれた。

 

その後数年経ち、社会人になり漫画の中での寝取らせにハマっていった(NTラボというすばらしい作家のせい)

もともと自分の近しい人間にしか性のベクトルが働かなったからこそ、自分の知り合いが目の前でそういう行為に及んでいる状態に興味が湧いた。

 

先日、昔のセ◯レが乱◯パーティーの企画をしていた。

1年ほど前、自分がtwitterの裏垢界隈のイベントに連れて行き、自分はその空気に馴染めず、その娘だけがズブズブとハマって袂を分かち合ったような状態だったが、その時は何となく、本当に何となく、人生経験として出席を表明した。

 

現場に行くまでの行程は非常にシンプルだった。

 

女性2名に対し時間制(2時間毎)で男を2〜4人ほど相手をする形でシフトを組まれ、twitterのDMでやりとりをする。

ホテル代だけ電子マネーで徴収されあとは目的地のホテルに当日向かうだけ。

想像だが、結局女性二人で15人ほど相手していたんだと思う。

 

当日は、袂を分かった女性が男でも毛がない方を好むので2年ぶりに全身の毛を剃り、昼から酒を飲んでいた。

 

この時点で間違っていたんだと思う。

 

時間から5分ほど遅れて街から少し離れた閑静なホテルに私はいた。

ドアを開けると見知らぬ女性が下着姿で挨拶をしてきた。

 

「もう他の二人はいますよ。」

 

見ると、なんと言ったらいいのだろうか、簡潔に言うならサッカー部のような若者が2人いた。

筋肉質で短髪のイケメン。

あとで年齢を聞くと19、20らしかった。

 

それに比べて自分は25歳で、1年前から体重が10kg増えた中肉中背の冴えない男だ。

 

ここで自分の中で決定的に間違ったスイッチが入ってしまった。

 

 

いわゆる先輩面だ。

 

 

初対面の男2人に対して謎のメンタルの余裕を見せつけようと、笑いをとるような、部活で後輩から「ハハハッ…」と苦笑されるタイプの先輩の立ち回りに無意識に変わっていた。自分の中の小さなプライドがそうさせたんだと思う。

 

始まっても何の興奮もなかった。どう頑張ってもそんな気分にならなかった。

 

相手に何をされようと。

自分が想像していた、知り合いが乱れている姿を第三者目線で見ていても。

 

最後には無理に動こうとして運動不足の私は足を攣った。

 

惨めだった。

 

女性2人は不機嫌になる。

 

自分は笑いでどうにかしようとする。

 

お菓子や飲み物を渡してみたりする。

 

最後に自分の唯一、ずっと半ば強制的に鍛えられてきた手の技術でベッドを潮でめちゃめちゃにし、それだけで自分の立ち位置をどうにかしようとしていた。

顔や目に塩分濃度の高いしょっぱい液体が入りながらも2つのベッドを濡らすだけしかできず、その姿を見ても一向に上を向かない自分のご子息に苛立ちさえした。

 

プライドが高いことがコンプレックスでそれをどうにかしようと四苦八苦して10年近く過ごしてきたけれど、今回もそのプライドのせいで自分が惨めなことになった。

 

あの時、口に入ったしょっぱい液体は、自分の涙だったのかもしれない。

 

 

 

行きつけだったアニソンバーの店長が辞めて行くのを辞めた

前回の記事にもチラっと書いたが、行きつけだったアニソンバーに通わなくなった。

cubeym0520.hatenablog.com

ポイントカードが10万円分超えて自分で引いたのも理由の1つではあったが、それ以上にきっかけがあるとするならば店長が辞めたからだろう。

 

そのアニソンバーは全国に店舗を構えていて、自店の地下アイドルを抱えているという、たぶん、それなりにその界隈では知名度がありそうな店だった。働いているのも10代後半~20代前半の女性だけである。

 

最初は友人に連れられて行ったのだが、すぐにそのオタク特有の人生すべてがぎこちない人しかいないその空間に安心感を感じて2回目からは自分一人で行っていたと思う。

私のキャラクターもあるのだろうが、2回目にして名前を憶えられた。

名前や仕事などの話をよくしていたその女性が店長だと知るのは数か月後のことだった。

ポイントカードには名前を書いてくれるし、2か月弱ぶりに行ったとしても「あ~やべ君お久しぶり~!」と入り口で出迎えてくれた。

店長に限らず、店員(その店ではキャストと呼ばれていた)も私のことは「やべくん」と名前で呼んでくれていた。

私はいつも1杯目はブラックルシアンなのだが、店の店員たちは私が席に座ると「ブラックルシアンでいい?」と聞いてくれた。いわゆる、「いつもの」というやつである。

 

アニソンバーで「いつもの」が通じることが自分で気持ち悪くもあるがそこは今回置いておく。

 

店長は名前だけでなく、仕事まで覚えてくれていて

「やべくんお仕事どう?」「あそこの席に座ってる○○さん、知り合いじゃない?」

なんていう具合でいろんな部分で気を使ってくれていた。

 

ある日、twitterを見ているとアニソンバーの公式twitterにお知らせの文面の画像が張られていた。

「2019年〇月〇日をもちまして、福岡店の店長である○○は体調の都合により退職することになりました。」

たしかに店長は夜7時から朝の5時まで店で過ごしてはそのあとで地下アイドルとしてのレッスンをしていたようだったので体調を崩してもおかしくはなかった。

私は店長のアカウントをフォロー欄から探し、「いままでお疲れさまでした」となんとも没個性で形式的ともとれるリプライを投げた。

すると店長は「やべくん!いままでありがとう!いつもブラックルシアンとかテキーラとか飲んで楽しく遊んでくれたね!またいつか!」といった返信をしてくれた。

 

その数時間後には店長のアカウントは削除されていた。

 

ある日、会社の飲み会のあとで一人ふらついていた私は、店長のいなくなったアニソンバーに足を運んだ。

店の前で気づく。

静かだ。

仮にも土曜日の夜である。いつもならオタクたちが半音ずれたアニソンを熱唱しているはずだ。

店に入ると客はいつもは10人以上いる客は2人しかいなかった。もちろんあの店長はいない。

 

「はじめまして!何を飲まれますか?」

 

そう言ってきた店員はいつもいる人だった。

 

は?

 

別に「いつもの」でブラックルシアンが通らないことは仕方ないと思うが、それ以前に名前すら憶えられていない。

そんなわけはない。だってこの店員も私の名前を呼んでいたからだ。

 

そこで気づいた。

 

店長はカウンターの中でよく店員を呼んでは指示をしていた。何を言っているのかは聞こえなかったが、今のこの状況を考えると想像ができた。

店長は店に来客があるたびに店員に、その人の名前などの情報を教えてくれていたのだろう。しかも、その店員と客が初対面ではないと把握した場合のみ。そして初対面の時だけ自己紹介をさせていたのだろう。

 

だから久しぶりに会う店員でも自己紹介はしないし名前も読んでくれていたのだ。

 

店内を見渡すと、大量に置いてあったフィギュアやぬいぐるみがなくなっていた。

きっと店長の私物だったのだろう。

そこは静かで何もない空間だった。

フィギュアもぬいぐるみも、歌も、客と店員との関係性も。

 

私はそのアニソンバーに行くのを辞めた

 

いや、きっとほかの客も私と同じなのだろう。同じ体験をしたのだろう。

オタクは0からの人間関係の構築のハードルが超えられない人が多いと思う。店長がせっかく下げてくれたハードルがなくなり、また最初からやり直しになってしまってはひとたまりもない。

 

今の店長が誰なのかも、どんな人なのかもしらない。

けれども、もう行こうとは思えなかった。

 

twitterが消えてしまってはコンタクトのとりようもない。失ってから気づいた店長の尊さに感謝を述べることすらできない。彼女の体調が回復することを祈るばかりだ。

 

余談ではあるが、私が通っていた店舗の地下アイドルグループは今年度で解散らしい。

アイドルも、お客もいなくなったその店はいつまでもつのだろう。私にはもう関係のないことであるが、それでもどこか寂しいとも感じる。

 

私は行きつけだったアニソンバーの店長が辞めて行くのを辞めた。


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学生時代のただの陰キャは社会に出てもただの陰キャ

吾輩は陰キャである。名前はやべ。 何でも薄暗いじめじめした高専の教室で「Vtuberすこだw」と言っていた事だけは記憶している。 小学校時代にヘタリアに出会い、BL本を読みはじめ、中学時代にAngel Beats!にハマり、西尾維新入間人間の小説や太宰治などの純文学を読み漁り厨二メンヘラを拗らせたりしながら、ボカロ曲ばかりを聴き、16~18歳の間はカゲプロやおそ松さんを嗜み、twiiterで「#アニメ好きはRT」とかやって1日1000ツイートして自慢する。そういうめんどくさいタイプの陰キャであった。 そうやって、私の青春時代は、やたらに声のデカいツッコミと実生活では空気が凍り付く下ネタで構成されたアニメと、病んだやたらに高いピッチと速いテンポの電子音の音楽に費やされていった。 18歳後半あたりからアニメを見なくなった。 ボカロ曲も界隈全体がバブルが終わり、作曲者も入れ替わりが多くて聴かなくなる。 そうすると趣味がなくなったことから自然にツイート数も激減した。多くても100ツイートいかない生活になっていた。 もちろん恋人なんて何年もいなかった。欲しいとは思っていても同時にこんな気持ち悪い奴と付き合う人はいないと分かっていた。

今年、私は社会人になった。 学生時代の級友たちとは離れた場所で働いているため、人間関係はほぼリスタートになった。 焦った私はJ-Popを聴き始める。すこしでも周りの所謂「普通の人」との話題を持たなければいけないと思ったからだ。 けれども、曲の好みが合わない。自分にマッチする音楽を見つけたときは決まって「そこまでメジャーではない」バンドばかりだった。ボカロ曲に青春を費やしてきた自分のセンスはどうあがいても変わらない。J-PopやJ-Rockを聴いても行き着くのはサブカル的な歌手ばかり。

自分は陰キャだった。

そんな折にアニソンバーに出会った。地下アイドルが店員をしていてお酒を飲みながら客と店員がアニメソング、ゲームソング、ボカロ曲などを歌うという、地獄みたいな場所だった。 はじめて入店したときは久しぶりに嗅いだオタク特有の風呂に入らないせいで漂う脂ぎった臭いに感動と安心感さえ感じた。 毎週のように通った。平日に「普通の人」との隔たりを感じながら仕事を行い、休日は自分に似た人たちと話はせずとも同じ空間にいることで疲弊を癒していた。 けれども、そこでも違和感があった。 自分の歌える曲は18歳以前の少し古い曲だけなのだ。陰キャではあってもオタクではもうないのだ。 ポイントカードが10万円分に達してから、私は行くのをやめた。

自分は陰キャだった。

仕事はだいたい残業をして19時頃には終わる。そこから自宅に帰り晩御飯を作り、シャワーを浴び、ベッドに入ってニコニコ動画にあがっているにじさんじの切り抜き動画を見てほんの少しツイートをして眠り、目を覚ませば弁当を詰め朝食を作り、洗濯物を干して忙しなく出社するという毎日を送っていたある日のことだった。 「彼女ができました。」 学生時代の級友のツイートが目に留まった。私はLINEのアイコンやひとこと、Instagramのストーリを確認して実感する。自分は一人取り残されていると。

焦った。なぜ自分には恋人ができないんだと。 心のどこかに環境が変われば自分自身も変わると思っていた部分があった。 学生時代は髪も2,3か月に1回しか切らず、髭も週に1度しか沿っていなかった私だが、社会人になり毎月美容室に行き、毎日髭も剃るようになった。服だってブランドに気を遣うようになった。 なにがダメなんだ。

友人を連れて相席屋に行った。話題がない。共通項がない。自虐ネタを言っても滑る。酒を飲むしかなった。 クラブにも行った。薄暗く重低音が腹に響く中で男女が濃密な絡みをしていた。幸い、流されている曲は全てわかった。普通の人に近づくためにTikTokを見ていたからだ。 よくtwitterではボカロ曲などを指して 「TikTokの曲でしょ知ってる」と一般人が言っていたなんていうツイートがバズっているが、陰キャである私からすれば一般人の曲こそ「TikTokの曲」だった。 跳ねた。踊った。この肌寒くなってきた時期に汗をかきながら。 一人でいる女性に声をかけると体に身をゆだねてきた。けれどもその先はない。 そういう生活を2週間続けた。 朝の5時、クラブが閉店するころには身をゆだねてきた女性とも別々に出ていく。連絡先も聞けなかった。 夜明け前の寒さのなか歩いて家路につきタバコを吸う。 ワンルームの自宅にたどりつけばそのままワックスのついた頭でベッドに突っ伏してこう思う。

自分は陰キャだった。

女子力という言葉を使う人間を辞めた生き物たち

社会人になり一人暮らしを始め、自炊を始め、弁当を作り、洗濯をして、週に1回くらい掃除をするという生活をしていると「女子力高いね」というありがたい言葉を頂くことがままある

それは人間力

衣食住という言葉がある

いしょくじゅう【衣食住】

着ることと食べることと住むこと。衣服と食物と住居。生活の基本的な要件。

出典 三省堂大辞林 第三版

2019年

令和元年

人類は女性しか生活の基本的な要素を形成できなくなっていた!

そんな訳はないと信じたい

自分の着る服を洗い、自分の食べるものを調達し、自分の住む場所を手入れするという人間どころか生物としての根底を「女子力」とかいうワードで人類の半分に責任を押し付けている浅ましさが私には理解できない

「男が働き、女が家庭を守る」

という言葉がまだ根強いのであれば1つ問いたい

社会人である前に我々は人間ではないのですか

いくら働こうとも自分が人間として欠如していることなかったことにはできないと思うのですが

衣食住を形成するという人間としての根底、人間力を失ったまま社会のために働く姿を「人生は冒険や!」という言葉をネットの歴史に刻んだ幼き革命家が見たらきっと「ロボットみたいに見えたんや」と言うに違いない

そもそも、女性が高校や大学などを経て社会で働くようになり、世界にあふれる仕事が腕力や体力をつかうようなものがメインではなくなり同じオフィスで机に座りキーボードを叩いたりしている現代の世界の仕組みの中で仮に誉め言葉として「女子力」という言葉を使っているのだとしても、それは人類の残り半分である男性を「女性と同じような労働をしながら衣食住を自らの力で確保できない方々」と言っているのと同じではないのだろうか

もし、「結婚をしているから妻が家庭のことはすべてしてくれるから」と考えているのであれば、歳をとり定年等を経て労働をしなくなった夫はその時点で今まで成立していた契約関係が破綻してしまうことをどう考えているのだろうか

熟年離婚をした時、衣食住を確保できる元妻と衣食住を確保できずに労働もしない元夫という状態の中でまだそういう方々は「女子力」と言うのだろうか

「女子力」という言葉を使う男性は働くだけのロボットと化した社会人生活を終えた時、人間としての根底を形成できない彼らは何になるのだろうか

「女子力」という言葉を使う女性は人間としての根底を形成できることを誇っているのだろうか、ロボットと化した人々をどう思っているのだろうか、同じ労働をしながら衣食住の形成まで要求されることに違和感を感じないのだろうか

我々はその謎を解明すべくアマゾンの奥地へと向かった

Twitterで見た

もうこの手の話はネットの海を少し漂えばマッシュヘアの大学生並みにありふれているのは分かっている

私もマッシュヘアにしていたのでよくわかる

電車の中に併設されたマックで外国人の友人とJKと幼い子供とオカマが日本の変なところを彼らが疑問に思っているのを見かけたとかいうツイートに「嘘松」なんてリプが付いているレベルでよく見るテンプレみたいな文章になってしまったと自覚している

けれども、さすがに新卒の新人研修で同期達が「男が家事してるとか恥ずかしくて言えんわ笑」なんて言っているのを見たらぶちまけたくもなる

九州に住んでいるからなのか、九州男児(笑)とかいう文化が未だに存在するからそういう思想になるのかはわからない

たしかに、正月や盆には親戚一同が本家に集まり、男性は飲み食いしながらどんちゃん騒ぎをして女性は台所に立ち洗い物をしながら酒を要求されれば注ぎに行き、つまみを要求されれば作る(台所は台所で女性たちの小言皮肉バトルが行われているのはまた別のお話じゃ…)という文化圏には生きているけれども、せめて私と同じ20代のデジタルネイティブ世代は他の地域の価値観を輸入しながらそういうものに違和感を持っているものだとばかり思っていたのだけれど、案外そういうものではないらしい

男一人の働きで家庭を賄えているわけでもないのになぜそんなことができるのだろうか

価値観の根強さを感じる

おわりに

この記事の中で使っている「女子力」というのは炊事洗濯等の家事ができることを「女子力」と言っている人が使う「女子力」でしかありません